2014年度 宮城資料 ネット・ニュース    HOMEへ   
 236号へ 235号へ 234号へ 233号へ 232号へ 231号へ  230号へ 229号へ 228号へ 227号へ 226号へ  225号へ 
 224号へ 223号へ 222号へ  221号へ  220号へ  219号へ  218号へ  217号へ  216号 2013年度へ

 第236 号(2015 年3 月11 日)

   NHK「ラジオ深夜便」平川理事長のインタビューが放送されます

事務局の佐藤大介です。3 月19 日午前1時台(3月18 日深夜)からのNHKラジオ「ラジオ深夜便」にて、平川理事長のインタビューが放送されます。
 当該インタビューは今年1月1日に放送されたもので、放送後に要望が多く寄せられたため、このたび再放送されることになったとのことです。
 多くの方にお聴きいただければ幸いです。
 
◇ラジオ深夜便
 NHKラジオ第一放送 3 月19 日 午前1時台〜

〔歴史に親しむ〕新春インタビューアンコール
 震災の記憶を残す~復興への道 (前半)
 NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク理事長 平川 新
 (H27.1.1 放送)

番組表 *3 月18 日 午後11 時20 分からの放送の中で流されます。
        http://www.nhk.or.jp/shinyabin/pro/2a3.html 
        http://www.nhk.or.jp/shinyabin/平成27 年3 月11 日(文責:佐藤大介)

235 号(2015 年3 月11 日)

          東日本大震災から4年

 未曾有の大災害となった、東北地方太平洋沖地震・東日本大震災の発生から4年が経過しました。改めて、被災された方々に御見舞申し上げます。
 宮城資料ネットでは、この間、110 件を超える所蔵者方を対象に、文書など歴史資料のレスキューを行っております。この間の多くのご支援に、心より感謝申し上げます。
 被災した歴史資料を、被災地から仙台などへ一時的に搬出する活動は、徐々に落ち着いて来てはいます。その一方で、津波で被災したものなど、搬出した被災史料への応急処置が、未だに続いております。応急処置を終えた文書のデジタル撮影も残されています。
 なにより、所蔵者・地域社会の返却が終わるまで、レスキューは完結しません。また、歴史資料は、災害を受けた地域が積み重ねてきた歴史文化の証です。それらが生かされた形で地域が再建されていくことが、本当の「復興」と言えるのではないかとも感じます。長い、長い道のりが続きそうです。

 活動が持続していけるよう、引き続きのご支援を、心よりお願い申し上げる次第です。


    
   2015 年3 月11 日の作業風景     (左)応急処置            (右)デジタル撮影

                                      平成27 年3 月11 日

                                      NPO 法人 宮城歴史資料保全ネットワーク
                                                     (文責:佐藤大介)

 234号(2015年2月2日)

      トークイベント「資料保全の現場」を
  全国史料ネット研究交流集会関連企画として実施します

 

 事務局の安田です。兵庫県神戸市で、歴史資料ネットワーク等と共同で下記のイベントを開催いたします。神戸での開催になりますが、ご関心のある方は是非ご参加ください。お申し込み・お問い合わせは、歴史資料ネットワーク(http://siryo-net.jp/contact/)へご連絡ください。

 阪神・淡路大震災以来、全国で多発する水害や地震災害に際しては、多くの人々が資料の保全に関わってきました。そして東日本大震災を経て、そうした活動への社会的な関心がよりいっそう高まっています。

 このトークイベントでは、これまで資料保全に関わってきた人、あるいはこれから関わってみたい人たちが、日ごろ抱いている素朴な疑問や悩みを、資料保全の現場に即して話し合ってみたいと思います。

1.日時・場所
2015年2月15日(日)14:30〜16:30
@野村證券神戸支店アネックスホール(神戸三宮・神戸国際会館3階)

2.プログラム
○話題提供

河野未央氏(歴史資料ネットワーク)
 2004年の台風23号被害からの史料保全の一環として当時大学院生の立場で、大学でボランティアのとりまとめを行ったことと、その後のワークショップへの展開について報告いたします。

安田容子氏(宮城歴史資料保全ネットワーク)
 地域歴史資料の救済活動は、古文書や民具などが主要な対象とされていますが、各地域には、民間所在の膨大な美術資料も伝えられています。古文書などが資料として救出される一方で、掛軸や襖絵などの美術資料はどうなってしまうのでしょうか。美術史の観点からみた歴史資料保全の現場について、話題提供したいと思います。

○フロアとの意見交換

3.主催
・東北大学災害科学国際研究所特定研究プロジェクト
 「地域歴史資料の防災・減災体制の構築にむけた広域連携研究」(代表:天野真志)
・歴史資料ネットワーク
・宮城歴史資料保全ネットワーク

 233号(2015年1月14日)
 
  宮城資料ネットの活動や朝日新聞英語版で紹介
      「歴史資料保全は3.11を乗り超えて地域を守る」
 

 事務局の安田容子です。宮城資料ネットの活動に関する英語の新聞記事の紹介です。3月には仙台で国連世界防災会議が開催されます。宮城資料ネットの活動も世界から関心が向けられるようになってきました。2014年12月19日の朝日新聞英語版に、宮城資料ネットの紹介と平川理事長のインタビュー記事が掲載されました。宮城資料ネットの歴史と東日本大震災以後の活動、これからの防災に向けた資料保全の展望について記されています。

 詳細は以下のHPをご覧下さい。すでに海外でも反響があるようです。

    http://ajw.asahi.com/article/views/opinion/AJ201412190007

   下絵 朝日新聞英語版より

  
  
    英語版の全ての絵を見る 

232 号(2014 年10 月31 日)

    「よみがえるふるさとの歴史」シリーズ3
   『イグネのある村へ 仙台平野における近世村落の成立』
     刊行のご案内・関連講演会のご案内

事務局の佐藤大介です。「よみがえるふるさとの歴史」シリーズ第3集として、菅野正道『イグネのある村へ 仙台平野における近世村落の成立』(蕃山房)が刊行されております。

◇内容の紹介
東日本大震災で大きな被害を受けた仙台の東に広がる沖積平野に、イグネ(屋敷林)が点在する六郷と七郷と呼ばれる二つの地域があります。六郷と七郷が隣り合いながらも、それぞれに異なる地域性を形成することとなる中世から近世初期に注目し、今に至る歴史的基盤を紹介します。

*以上の詳細は蕃山房公式サイトをごらんください。http://banzanbou.com/
多くの方に御覧いただければ幸いです。

◇11 月1 日歴史講演 「イグネのある村 〜六郷・七郷地域の中近世史〜」

明日11 月1 日、仙台市の若林区中央市民センターにて、若橋図書館主催の歴史講演会「イグネのある村 〜六郷・七郷地域の中近世史〜」が開催されます。上記出版物に関連する内容の講演を、著者の菅野さんから直接うかがえる機会となっております。なお、詳細は主催者まで直接おたずねください。

日時 :平成26 年11 月1 日(土) 午後1 時30 分〜3 時30 分
会場 :若林区中央市民センター2階セミナー室(若林区文化センター内)
講師 :仙台市博物館市史編さん室・室長 菅野 正道氏
定員 :90 名(先着順)
参加費 :無 料
申込み :平成26 年10 月11 日(土)午前10 時から電話または直接カウンターへ
問合せ:若林図書館 022-282−1175

231 号(2014 年10 月24 日)
 
   宮城県亘理町での戦前期16 ミリフィルム保全

事務局佐藤大介です。昨日10 月23 日付け『河北新報』朝刊社会面にて、宮城資料ネットが保全した、昭和7 年の16 ミリフィルム「我等が郷土荒濱(あらはま)」についての記事が掲載されました。
 戦前の亘理・荒浜 映像で復活 フィルム発見 http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201410/20141023_15017.html

     
     阿武隈川の堤防上を進む祭礼行列(「我等が郷土荒濱」より)


本フィルムの「発見」ですが、宮城資料ネットが出版している「よみがえるふるさとの歴史」シリーズの刊行が切っ掛けです。今年5 月10 日の河北新報朝刊紙面に紹介された、亘理町荒浜を対象にした井上拓巳さん著『荒浜湊のにぎわい 東回り海運と阿武隈川舟運の結節点』(蕃山房)について、所蔵者の方からの問い合わせをいただいたことが切っ掛けでした。「ふるさとの歴史」が心のよりどころになっていること、また地域の歴史を広く共有していくことが、歴史を継承していくため重要であることを改めて学びました。

11 月8 日に、フィルムのDVD 化を引き受けてくださった、NPO 法人20 世紀アーカイブ仙台や、地元の亘理町郷土資料館と共催で、地元である亘理町荒浜にて、住民向けの上映会を開催する予定です。荒浜の皆様にふるさとのかつての姿をごらんいただくとともに、フィルムを「ふるさとの歴史資料」として活用し継承する活動の第一歩となればと考えております。

 参照記事画像  10 月23 日付け『河北新報』朝刊社会面  web版より
 

230 号(2014 年10 月8 日)

   シンポジウム開催のお知らせ
  ふるさとの歴史と記憶をつなぐ −東日本大震災1400 日
  史料保全の「いま」と「これから」−


事務局の佐藤大介です。11 月29 日に、仙台市博物館にてシンポジウム「ふるさとの歴史と記憶をつなぐ」
を開催いたします。多くの方にご参加いただければ幸いです。


シンポジウム
「ふるさとの歴史と記憶をつなぐ−東日本大震災1400 日・史料保全の「いま」と「これから」−」

 東日本大震災から、まもなく1400 日が経とうとしています。
 今回の震災では、被災した地域それぞれの歴史や文化を知る手がかりとなる、様々な文化財や歴史資料も被災しました。津波などで痛んだ歴史資料を救済するための様々なとりくみは、今なお続いています。
 今回のシンポジウムでは、被災地に暮らし、様々な立場や形で、地域の歴史や記憶を守るための活動に取り組んでいる皆様をお招きしました。報告者のお話しを通じて、震災前の状況、これまでの活動の様子、今後の課題、被災した方々にとって活動の果たしている役割について、共に学んでいきたいと思います。そのことを通じて、「ふるさとの歴史」を将来に伝えるあり方について、改めて考えるきっかけとなれば幸いです。

◇主催 ・科学研究費補助金基盤研究S
「災害文化形成を担う地域歴史資料学の確立―東日本大震災を踏まえて」研究グループ
・東北大学災害科学国際研究所 歴史資料保存研究分野
・NPO 法人宮城歴史資料保全ネットワーク
◇共催 ・仙台市博物館
◇日程 2014 年11 月29 日
◇会場 仙台市博物館ホール(仙台市青葉区川内26)
◇スケジュール
報告 午後1 時〜午後3 時10 分
開会挨拶 平川 新(NPO 法人宮城歴史資料保全ネットワーク理事長)
報告@「東日本大震災で被災した民間所在史料の救済・保全活動の現状」
    佐藤大介(東北大学災害科学国際研究所)
報告A「“記憶”に残る“記録”をつなぐ」
    金野聡子(岩手 紙本(しほん)・書籍保存修復)
報告B「石巻古文書の会の活動 震災のあとさき」
    庄司惠一(宮城 石巻古文書の会)
報告C「旧警戒区域における民有地域資料の救出活動 −富岡町の試み」
    門馬 健(福島 富岡町役場)
コメント
天野真志(東北大学災害科学国際研究所)
内田俊秀(京都造形芸術大学名誉教授)

総合討論 午後3 時20 分〜4 時20 分
パネラー 佐藤大介・金野聡子・庄司惠一・門馬 健・天野真志・内田俊秀
司会 奥村弘(神戸大学大学院教授)

◇参加申込
・シンポジウムは事前申し込み不要・入場無料です。
◇その他
・シンポジウム終了後に、報告者・パネラーを囲んで交流会を行います。こちらへの参加は事前申し込みとなります。参加希望されるかたは、下記テンプレートに必要事項をご記入の上、*11 月14 日*までに宮城資料ネット事務局までご連絡ください。
-----------------------------------------------------------
シンポジウム「ふるさとの歴史と記憶をつなぐ」交流会参加申込
・お名前:
・ご所属:
・電話番号(当日連絡可能なもの):
・メールアドレス:
-----------------------------------------------------------
<事務局・連絡先>
NPO法人 宮城歴史資料保全ネットワーク
980-0845 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1 E503
東北大学災害科学国際研究所 歴史資料保存研究分野研究室気付
電話・FAX 022-752-2143
メール office@miyagi-shiryounet.org ホームページ http://www.miyagi-shiryounet.org

229 号(2014 年10 月8 日)

     事務局が移転いたしました

事務局の佐藤大介です。ニュース発信もだいぶご無沙汰してしまいました。
今回は、事務局の移転についてのお知らせです。10 月1 日より、事務局は下記に移転いたしました。
980-0845 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1 E503
東北大学災害科学国際研究所 歴史資料保存研究分野研究室気付
電話・FAX 022-752-2143 E-mail:office@miyagi-shiryounet.org
・アクセス
仙台市営バス 仙台駅西口バスプール9 番のりば 宮教大行き・青葉台行き (710,713,715 系統)
「情報科学研究科西」下車 徒歩3分
*ボランティアの受入について
移転にともない、被災歴史資料への応急処置作業は一時中断しております。作業が再開次第、ニュースに
てご連絡いたします。
引き続きよろしくお願いいたします。
 

228 号(2014 年8 月22 日)

          神に捧げられる古文書

     ―仙台市・志賀家文書、鹽竈神社へ寄贈−   東北大学東北アジア研究センター 高橋陽一

 8 月3 日(日)、鹽竈神社の拝殿にて仙台市志賀家文書の神納式が挙行されました。酷暑の中、志賀家のご一族、NPO法人宮城資料ネットの佐藤大介氏、NPOみなとしほがまの高橋幸三郎氏、高橋の計約20 名が参列しました。神納式は、古文書が塩釜神社博物館に寄贈されることに伴う儀式で、約30 分間にわたり祝詞の奏上や神楽の奉納などが厳粛に執り行われました。
     (絵* 中央 拝殿に置かれた古文書箱 

 志賀家は、仲哀天皇の時代に近江国志賀から陸奥国に移住したという由緒を持ち、江戸時代には鹽竈神社の神職として祝詞の奏上役を担っていました。もとの居宅は現在の多賀城市市川字作貫にあり、明治時代には宮城郡市川村の村長も務めましたが、多賀城の史跡指定に伴い同地を離れ、仙台市に移住しました。

 志賀家文書を知るきっかけは、私が所属する東北大学東北アジア研究センターの事務室に志賀家の御親族が勤務され、相談を受けたことです。現在の志賀家が私の自宅のご近所(斜め向かい)であったことも奇縁でした。昨年、休日に気楽な気持ちで同家を訪れたところ、木箱に収納された大量の古文書を目にし、思わず居住まいを正したことをよく覚えています。確認された古文書は江戸時代前期以降の約300 点で、祝詞や神道裁許状、神社の縁起・蔵書目録、用務の留書など、奥州を代表する鹽竈神社の来歴を明らかにすることのできる貴重な史料群でした。古文書の写真撮影や封筒詰め、寄贈に至る手続きに関しては、宮城資料ネットのご協力を得ました。

 志賀家文書の確認から寄贈に至る一連の過程に関わることができたのは、大変幸いなことでした。古文書が寄贈される際に神事が行われること自体が珍しいのでしょうが、そこに参列するのは勿論初めての経験でした。古文書の保全にやりがいと誇りを感じることのできた瞬間でした。古文書についてご相談くださった志賀家の皆様、神納式を挙行していただいた鹽竈神社の皆様には、厚く御礼申し上げます。

 志賀家文書の調査を通じて実感したことは、まず古文書は本当に身近にある(今回は自宅向かいの家にあった)ということです。土蔵や門があるような古民家風の居宅ではない、住宅地の一角にも古文書は眠っています。普段の近所付き合いから、常に人とのつながりを大切にしておかなければならないと思いました。

    (絵: 神納式のようす)

 また、古文書が人と人を結びつける「縁」を作り出すことがよくわかりました。今回の神事に際し、志賀家の御一族が20 名近く参加されましたが、顔を合わせるのが久々だという方もおられました。家に残る古文書が家族のつながりを再認識するきっかけになったのです。一家のアイデンティティとして、古文書が重要な機能を果たすことを実感し、歴史資料保全活動の大きな意義を再確認することができました。今後、展示や研究を通して志賀家文書が有効に活用されることを期待したいと思います。

227 号(2014 年8 月21 日)

              「よみがえるふるさとの歴史」シリーズ

      『湯けむり復興計画 江戸時代の飢饉を乗り越える』刊行

事務局の佐藤大介です。宮城資料ネット企画による「よみがえるふるさとの歴史」シリーズ第4集、高橋陽一著『湯けむり復興計画 江戸時代の飢饉を乗り越える』(蕃山房)が刊行されました。

 ◇刊行元によるによる著書の紹介
江戸時代の最大の災害は地震・津波ではなく、飢饉です。仙台藩では、 天明飢饉の死者は二〇万人に上ったといわれます。町や村の人口が激減する危機的状況に見舞われながらも、人々は自らの手で地域の再生をはかります。その一つが温泉を利用した復興でした。

*以上の詳細は蕃山房公式サイトをごらんください。http://banzanbou.com/

多くの方に御覧いただければ幸いです。[続刊予定]よみがえるふるさとの歴史3菅野正道『イグネのある村へ 仙台平野における近世村落の成立』

226 号(2014 年7 月24 日)

    宮城資料ネット主催の歴史講演会を開催

 事務局の安田容子です。宮城資料ネット主催の歴史講演会が、7 月5 日と12 日に行われました。この2 件は、公益財団法人上廣倫理財団から助成を受けている被災地の歴史再生叙述事業「よみがえるふるさとの歴史」シリーズの刊行に関連した行事でした。どちらの講演会も、地元の方々の多数の参加に加え、近隣地域からの参加もあり、会場は満席となりました。

宮城県川崎町での講演会
 7 月5 日、宮城県川崎町にて、刊行予定の執筆者2 人による講演会が行われました。川崎町にのこされた古文書や集落遺跡などの歴史資料から、川崎町の最新の歴史調査が紹介されました。

○7 月5 日(土) 公開講演会「川崎のほこり〜ふるさとの歴史と文化〜」
 於:川崎町山村開発センター3 階ホール
 菅野正道「笹谷街道沿線の戦国志〜砂金氏の動向を中心に〜」
 高橋陽一「江戸時代の青根温泉〜湯守佐藤仁右衛門家文書の古文書から〜」

 主催:東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門
 川崎町教育委員会
 NPO 法人宮城歴史資料保全ネットワーク
参加者は157 人でした。
  
           
            川崎町での講演会(7 月5 日)

宮城県亘理町での講演会
 7 月12 日の講演会では、「よみがえるふるさとの歴史」1,2の執筆者によって、著作の内容を紹介する講演が行われ、亘理町荒浜地区の歴史が復元されました。

○7 月12 日(土)公開講演会「よみがえるふるさとの歴史−海運と製塩の町・亘理−」
 於:亘理町立図書館視聴覚ホール
 蝦名裕一「慶長奥州地震津波と亘理町の製塩−400 年前の大津波と復興−」
 井上拓巳「荒浜湊のにぎわい−東廻り海運と阿武隈川舟運の結節点−」
 主催:亘理町郷土資料館
 NPO 法人宮城歴史資料保全ネットワーク
 参加者は103 人でした。

      
   亘理町での講演会(7 月12 日)



225 号(2014 年7 月16 日)

  「エクスカーション」としての資料保全作業体験    有賀暢迪(国立科学博物館)

 2014 年の7 月4 日に、宮城資料ネットでの被災資料クリーニング作業を「体験」する機会があった。その翌日から2 日間にわたって開催された、日本科学史学会生物学史分科会の夏の学校「科学史・医学史とアーカイブズ」の、「エクスカーション」(遠足)企画としての位置づけだった。

 誤解を恐れずに書くが、僕はこの夏の学校のプログラムを見たときから、この資料レスキュー作業を「楽しみ」にしていた。震災後の資料ネットの活動についてはインターネット等を通じてかなり早くから知ってはいたが、実際に参加したことはない。現場を見聞きすることのできる、ありがたい機会を作ってもらえたと思った。特に、自分は2013 年度から科学博物館に所属するようになったため、資料の保全が具体的にどのように行われているのかにはたいへん興味があった。
    (絵 当日の作業の様子 7月4日撮影→)

 今回は、いったん乾燥させた資料に付いている泥や砂を、ヘラや筆で払い落としていくという作業を行った。実際に体験して感じたのは、予想していたよりも資料の状態がむしろ良いということだ。もちろん、自分たちに割り当てられた資料がたまたまそうだった、という可能性はあるだろう。しかしそれ以上に、最初のレスキュー段階で適切な対処が行われていたということのほうが大きいのではないかと思う。言ってみれば、今回の作業は、救急救命病棟での処置がすでに終わった患者を入院病棟で世話しているようなものではないか。そのあたりに、震災から3 年という時間の隔たりを感じる。

 もっと早くに手伝いに来なかったのはなぜだろう、と、嫌でも考える。ちょうど自分の身分が不安定な時期でもあり、生活に余裕がなかった。あるいは、出版物を読み込むというスタイルでそれまで研究をしてきた自分の身体には、資料を「保全する」という行為の重要性が十分染み込んでいなかった(出版物というのは基本的に、複数の図書館に所蔵され、すでにそこにあるものだ)。言い訳ならいくらでも思いつくが、後悔してみても何も始まらない。

 たとえば、その当時の自分に対して、どんな誘い方をすれば参加する気になっただろうか、と考えてみる。「資料の保全はとても意義のある活動なんだ」、「仮にも歴史をやっているのだから手伝うべきじゃないのか」などと言ってみても、かえって気後れしただけだろう。「専門的な知識や技術は必要ないから大丈夫だ」、「誰だって来てくれれば歓迎する」――これは事実その通りだったのだが、実際に体験する前にそれを信じるのは難しいかもしれない。

 思うに、今回は夏の学校の「エクスカーション」という形だったのが良かった。企画者の藤本さん(昨年度、体験記を寄稿されている)にとっては、被災資料レスキューのほうがメインだったのかもしれないが、いち参加者の側からすると、あくまで研究会の「おまけ」という位置づけだったことで、かえって参加しやすかった。少なくとも、僕はその「体験」を「楽しみ」にしつつ、夏の学校に出かけたのだ。

 資料ネットの活動は人手不足で、わずか半日の参加だけでも助かる、と伺った。そして実際、まったく知識や経験のない人でも作業できるような環境が整えられていた。だとすれば、資料保全の意義云々とは少し離れたところで、単純に多くの人に作業してもらえるような呼び掛けを考えていく必要もあるのではないか。異論はあると思う。けれども、過去の自分をこれに誘うとしたら、今ならきっとこう言うだろう。「案外、楽しいよ?」と。

【追記】今回の作業は、以前に保全作業に参加いただいた藤本大士さん(ネット・ニュース207 号)、廣川和花さん(ネット・ニュース173 号)のご協力で、日本科学史学会生物学史分科会の夏の学校「科学史・医学史とアーカイブズ」の一環として企画していただきました。今回執筆を戴いた有賀さんをはじめ、遠方より駆けつけて作業に御参加いただいた皆様に厚く御礼を申し上げます。(事務局・蝦名)


224 号(2014 年7 月2 日)

   7 月5 日 公開講演会 「川崎のほこり〜ふるさとの歴史と文化〜

 事務局佐藤大介です。東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門より、7 月5 日に宮城県川崎町で開催される公開講演会のご案内です。宮城資料ネットの主催行事ともなっております。ご案内が直前となりましたが、多くの方にご参加いただければ幸いです。

 7 月5 日、宮城県柴田郡川崎町にて、公開講演会「川崎のほこり〜ふるさとの歴史と文化〜」を開催します。これまで川崎町で行われてきた歴史資料調査の成果をわかりやすくご報告します。郷土史について、皆様と共に考える機会にできればと思っていますので、是非ご参加ください。

◇公開講演会「川崎のほこり〜ふるさとの歴史と文化〜」
日時:2014 年7 月5 日(土)13 時30 分〜16 時30 分
会場:川崎町山村開発センター3 階ホール
(宮城県柴田郡川崎町大字前川字裏丁175-1)
※会場は川崎町役場隣り
※入場無料・申込不要

講演:

菅野正道(仙台市史編さん室 室長)
      「笹谷街道沿線の戦国志〜砂金氏の動向を中心に〜
高橋陽一(東北大学東北アジア研究センター 助教)
      「江戸時代の青根温泉〜湯守佐藤仁右衛門家文書の古文書から〜

主催:東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門
川崎町教育委員会

NPO 法人宮城歴史資料保全ネットワーク
お問い合わせ:東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門 高橋陽一
<п 022‐795‐3140 <E-mail> y-takahashi@cneas.tohoku.ac.jp

223 号(2014 年6 月26 日)

                  7 月12 日仙台市史講座

            「広瀬川上流域の近世災害史」開催案内


 宮城資料ネット事務局の佐藤大介です。本会幹事の菅野正道さんから、7 月12 日に仙台市の大沢市民センターで開催される仙台市史講座「広瀬川上流域の近世災害史〜村民たちは自然とどう向き合ったか〜」のご案内です。多くの方にご参加いただければ幸いです。
 詳細は下記の通りですが、事前申込制となっております。締め切りが6 月28 日土曜日ですので、参加希望される方はお早めの対応をお願いいたします。その他問い合わせは、主催者まで直接お願いいたします。


 仙台市史編さん室の菅野です。

 仙台市博物館では、仙台市史編さん事業の成果を多くの方に知っていただく場として、「仙台市史講座」を実施しています。この「市史講座」は、仙台市内の市民センターと共催で実施するもので、市民センター近辺の歴史をテーマとして取り上げて、年2回開催しています。東日本大震災後は、身近な地域に対する関心が高まっていることもあってか、毎回多くの方々の参加があり、なかには参加希望者が200 名を超す場合もあります。
 平成26 年度最初の「市史講座」は青葉区の大沢市民センターを会場に、「広瀬川上流域の近世災害史」と題して、菊池勇夫先生(宮城学院女子大学教授・元仙台市史執筆委員)にお話しいただくことを企画しました。
 江戸時代も含めて、歴史上にはさまざまな災害の記録があります。実は大沢市民センターが所在する旧宮城町地域は、そうした災害を書き止めた記録が数多く残されている地域です。
 東日本大震災後、災害史の研究というと地震や津波にスポットが当たりがちですが、近世社会においては、冷害に起因する飢饉が地震や津波以上のダメージを地域社会に与えています。仙台藩領において最も大きな人的な被害を出した地震・津波は慶長16 年のもので、その時の被害者は5 千人という説もありますが、藩の公式見解では1783 人。ところが、ひとたび飢饉が発生すると、死者は数万人から時には10 万人以上にも及ぶのです。
 地震や津波は、建物や耕地に被害をもたらすけど、飢饉はそんなことは・・・と思う人もいるかもしれません。しかし、農地、とくに水田は1年間耕作をしないと、あっという間に荒れてしまい、その復旧は容易なことではないのです。飢饉で多くの人が命を失うということは、その人たちが耕作していた多くの耕地も失われる、ということを意味するのです。

 今回お話をいただく菊池先生は、長年にわたって、飢饉をはじめとする災害史を研究されてきました。旧宮城町域の資料を使って、江戸時代の災害、そして災害への村人たちの対応を紹介していただきます。ぜひ多くの方に聞いていただきたいと思い、ご案内する次第です。
 今回は会場も比較的余裕があるので、今からの申し込みでも十分に間に合います。ちょっと場所は市内中心部から離れていますが、この機会にお出かけになってませんか?

 第29 回仙台市史講座 広瀬川上流域の近世災害史〜村民たちは自然とどう向き合ったか〜

・講師 菊池勇夫氏 宮城学院女子大学教授・元仙台市史執筆委員
・日時 平成26 年7 月12 日(土) 13 時30 分〜15 時30 分
・場所 大沢市民センター(仙台市青葉区芋沢字要害65 電話394―6891)
※参加には事前の申し込みが必要です。往復はがきに住所・氏名・電話番号をご記入の上、

「仙台市史講座」と明記して、下記までお申し込みください。
〒980―0862 仙台市青葉区川内26 仙台市博物館「仙台市史講座」係
申し込みは、6 月28 日(土)が締め切り(当日消印有効)です。ご参加をお待ちしています!

222 号(2014 年6 月26 日)

          日本学術会議より提言発表

 「文化財の次世代への確かな継承−災害を前提とした保護対策の構築をめざして−

 宮城資料ネット事務局の佐藤大介です。6 月24 日、日本学術会議史学委員会・文化財の保護と活用に関する分科会より、提言「文化財の次世代への確かな継承−災害を前提とした保護対策の構築をめざして−」が発表されました。

 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t193-6.pdf

 提言では、被災地も含めた文化財・歴史資料の保存をめぐる現場の状況に留意が払われ、宮城など各地で活動に取り組む「資料ネット」の、地域の文化財保護対策における重要性や社会的役割に、積極的な評価が与えられております。

 宮城資料ネットの活動や関連の論考が随所で参照される一方、作成の最終段階では、分科会からの依頼で、佐藤より宮城での活動の現状と課題などについて意見交換をいたしました。このような経緯を踏まえ、私たち自身も、提言書の内容が少しでも実現していくため、今後とも積極的な役割を果たしていきたいと考えております。

 本メールニュースの配信者の皆様も含め、多くの方に提言書を御覧いただきますようお願い申し上げます。

221 号(2014 年5 月15 日)

  「よみがえるふるさとの歴史」シリーズ第2集『慶長奥州津波と復興』刊行

 事務局の佐藤大介です。宮城資料ネット企画による「よみがえるふるさとの歴史」シリーズ第2集、蝦名裕一著『慶長奥州地震津波と復興 四〇〇年前にも大地震と大津波があった』(蕃山房)が刊行されました。

◇刊行元によるによる著書の紹介

 伊達政宗も大震災を体験しました。東日本大震災は、貞観地震津波以来1000 年ぶりの大震災と言われますが、政宗の時代に起こった四〇〇年前の慶長奥州地震津波が、それに匹敵する大震災である可能性が出てきました。古文書に書き記されたその実態に迫り、復興や防災につながる人間の意志と英知を尋ねる画期的な論考。

 多くの方に御覧いただければ幸いです。

 なお、シリーズの今後の刊行予定については、以下の通りです。
[続刊 6月刊行予定]よみがえるふるさとの歴史3
     菅野正道『イグネのある村へ 仙台平野における近世村落の成立
[続刊 7月刊行予定]よみがえるふるさとの歴史4
     高橋陽一『湯けむり復興計画 江戸時代の飢饉を乗り越えて』

*以上の詳細は蕃山房公式サイトをごらんください。

220 号(2014 年5 月1 日)

     3.11震災遺構 本間家土蔵修復の道のり

                                本間 英一(石巻市)

 3.11 の津波により被災した本間家土蔵は明治30 年(1897)の建築で、本来は江戸中期から続く武山家の土蔵だった。私の祖母は武山で祖父が本間であり、大正15 年(1926)に本間家が引き継いだ。
 津波により、我が家のほとんどの家屋は倒壊、流失で失われたが、この土蔵だけは運よく残った。津波の後、この土蔵に初めて足を踏み入れたのは平成23 年(2011)3 月24 日で、土蔵の内扉3枚は内側に倒され、1階部分は天井まで水に浸かった跡があった。取りあえず息子たちと貴重なものを運び出した。
 最初は土蔵を残すつもりで整理作業をしていたが、周囲の解体が進むにつれ、このままでは将来復興の障害になるのではないかと思うようになった。4月2 日に解体することにし、貴重な古文書などを保存するため、文化財レスキューの要請を翌3 日に平川新先生へ電話で連絡した。折よく平川先生も石巻方面へ来る予定を立てており、4 日には平川先生ら6名の方々が土蔵の下見に来た。

 4 月8 日にレスキュー活動をすることを決定、前日の7 日にはまたマグニチュード7.4 の大きな地震があったが、昼過ぎには11 名の方々が来て、3 時間かけて土蔵より古文書資料など段ボールで60 箱近くを東北歴史博物館へ運ぶことができた。


 この時に土蔵の保存について意見が交わされ、土蔵の状態を調査することになった。4月12 日に古建築専門家の橋本浩司先生、一級建築士の佐藤敏宏さんらが土蔵調査を行い、調査報告書の作成を行った。
 調査報告では、土蔵屋根の南けらば部分(注1)、2階窓庇の破損、壁の剥離、下屋(注2)の流失があるが、本体は大きな損害がないとの結果が出た。その結果、斎藤善之先生らが土蔵の修復には募金を集めようということになり、もとより私も土蔵の解体は望んでいなかったので、修復に向けて発進することができた。
 5 月25 日には若宮丸漂流民の会と石巻千石船の会が発起人となり、亀山石巻市長へ、この土蔵を石巻の震災メモリアルとして保存継承してゆくように要望書を提出した。募金は若宮丸漂流民の会事務局長の大島幹雄さんが中心となり、石巻震災土蔵メモリアル基金を立ち上げ、6 月7 日には最初の募金があった。9 月末までに300 万ほどの募金が集まり、9 月24 日に現地で中間報告会を開いた。報告会では約60 名が参加し、平川新「土蔵を残す意義について」、佐藤敏宏「土蔵は何故残ったのか」、本間英一「土蔵の歴史と保存について」、木村成忠「保存運動について」、大島幹雄「募金活動の現状について」の報告があり、土蔵見学〜日和山見学を行った。募金は全国の皆様のおかげで、最終的に354 万円(229 名)ほどになり、修復に間にあう金額となった。



 修復は佐藤敏宏さんが責任者となり、翌2012 年3月1 日に、地元の宮林工務店と修復の契約を結んだ。3 月13 日に足場を組み、22 日より庇、下屋の修復作業が始まった。その後しばらく間があったが、翌2013 年4 月17 日に、木工事、屋根葺き替え工事などが終了した。 5 月5 日には佐藤敏宏さんの呼びかけで仙台から斎藤善之先生、千葉真弓さん、佐藤大介さん、石巻から3 名の7 名が集まり、土蔵の今後について打ち合わせを行った。左官工事は6 月10日より始まり、11 月9 日に終了、これですべての工事は完了となった。
 修復終了後、土蔵内部の展示資料館資料のパネルなどを作成し、今年2014 年4月からの土蔵内部の一般公開に向けて準備を開始した。3 月25 日には土蔵説明看板が立ち、2014 年4月から、希望者に内部公開を行っている。

 土蔵周辺は震災直後瓦礫の山となったが、6 月中旬にはほとんど瓦礫も片付き、残っていた家々も解体され、更地となった。旧石巻市内の土蔵や歴史ある古い建物も十数棟は解体されている。石巻市文化財である、旧ハリストス教会も、やっとこの4 月に保存のため解体され、再建に向けて部材は保管されているが、まだ再建は見えない。ユニークなタイル張りで石巻市に寄贈された旧観慶丸商店もまだ手付かずの状態である。 土蔵のある門脇町付近は、この5 月下旬から、やっと仮設道路の工事が始まる予定である。
 歴史資料レスキューについては、2003 年7 月の宮城県北部地震で、多くの古資料が失われたことを知っていたので、直ちに平川先生へ連絡することに躊躇はなかった。このような大災害で、不幸な出来事がある中、各地の旧家からこれまで日の目を見なかった貴重な資料が発見されたことは幸いであった。
 本間家土蔵の資料もこれを機にまた解析が進捗することは嬉しいことである。2003 年に発足した文化財レスキュー活動は、今回の震災ではいち早く機能し、たくさんの貴重な資料を保全したことは本当に良かった。各地で埃にまみれながらレスキュー活動された皆様には心より御礼申し上げる。
 また、本間家土蔵が3年経たとはいえ、修復がいち早く終了したことは関係者各位と全国の募金を寄せてくれた方々に感謝するのみである。震災の痕跡が日々無くなるこの地で震災遺構として残ったこの土蔵は末永くこの地を訪れる人々に震災の記憶を語りかけるであろう。

 最後に、5 月24 日午後1時より、土蔵修復イベントを現地で行いますので関係者の方々にご出席いただければ幸いである。

*本間家土蔵 修覆イベント
日時 5 月24 日 午後1時〜
場所 本間家土蔵(石巻市門脇町2-6-2)
内容 関係者挨拶・報告/餅つき/蓄音機の鑑賞会 など
問い合わせ 本間英一さん 0225-93-2777(石巻ローンテニスクラブ事務室)

◇編集注
注1 けらば : 切妻(きりづま)屋根の妻側(側面側)の端部
注2 下屋(げや): 母屋(おもや)から差し出して作られた屋根


◇編集後記

今回は、被災された史料所蔵者のお一人である本間英一さんから、本間家土蔵の現状についてご報告をいただきました。なお、本間さんは、石巻市門脇町の復興の様子についても発信しておられますので、合わせてご参照ください。

石巻市本間家土蔵修復工事についてのHP
*本間家資料レスキューに関する過去の宮城資料ネット・ニュース
 ・100 号 ・103 号 ・111 号
 ・112 号 118号166 号204 号 

 第219 号(2014 年5 月1 日)
 
         史資料保全活動参加記 
                                 中央大学文学部 白根 靖大

 2014 年2 月3〜4 日、大学院の授業における調査・実習を兼ね、宮城資料ネットを訪れた。参加したのは中世史専攻の大学院生で、歴史資料保全活動の現況を学ぶとともに、水損史料の洗浄作業に従事した。今回は東京大学史料編纂所の遠藤基郎さんも加わり、史料を扱う専門家とご一緒する機会を得た。
 まず、佐藤大介さんより、歴史資料保全活動の現況について講話があった。東日本大震災発生から3 年近くが経とうとしている中、今でも救出に行かなければならない歴史資料があること、保全活動に継続して参加した一般市民が、経験と技術を備えた技能集団になってきたこと、被災資料そのものを保全するのみならず、未来に遺すための記録・叙述を視野に入れた保全活動が必要であることなど、示唆に富んだ内容だった。前回訪れたのは2011 年8 月で、そのときは震災後間もない頃の生々しいお話を伺ったが、今回は時間の経過とともに生み出された成果と課題を知ることができた。
 次に、天野真志さんの手ほどきを受けながら、水損史料の洗浄作業に移った。この作業は前回も行っており、大学院生の一人も二度目ということで、初めての院生たちをリードしながら進めていった。前回のやり方に加え、水の浸透を促す方法を新しく教えてもらったこともあり、少しは手際が良くなった気がした。しかし、洗浄を待っている歴史資料の膨大さを聞くと、我々のようなスポット参加のお手伝いが無力に感じざるを得なかった。
 今回の訪問で目を引いたのが、東北大学災害科学国際研究所の発足である。研究所の後押しによって人員を確保し、日常的に保全活動を進める態勢ができていた点は、前回との大きな違いであった。必要な機器も増え、保全活動の精度も上がっていたように見受けられた。また、佐藤さんの講話の中で、地震学や地質学といった自然科学分野との連携について言及があり、歴史学に期待されているのは何かということを再認識できた。
 この研究所に抱いたイメージは総合病院である。内科・外科などの専門科にあたるのが地震学・歴史学といった各分野で、救急医療に各科の医者が集うように、災害現場に各専門分野の研究者が集って処置にあたる、そんな役割を担う機関と受け止めた。個別分野の連携も重要だが、総合的な協業体制があってこそ、危機に対して有効な手立てを講ずることができるだろう。

       
          作業の準備(2014 年2 月3 日)

 さて、大学院生にとって、歴史資料保全活動に携わる方から生の声を聞き、また自らも体験することは、教室・研究室で史料に向き合うのとはまた違った学習となる。前述した「スポット参加の無力」は否めないが、こうした体験を経た人材は、将来何らかの局面で活躍することができるはずである。今後も大学院生をともなって調査・実習に訪れる機会を保ち続けていきたい。
 最後になるが、宮城資料ネット事務局に厚くお礼申し上げる。


以下、今回参加した大学院生および遠藤基郎さんからの寄稿を引用する形で紹介する

博士前期課程 熱田 順
 東北大学にて、史料ネット活動の一環である被災史料クリーニングを体験させていただくことができた。作業に関わって率直に感じたことは、「想像以上に時間を要する」ということであった。史料一点一点のクリーニングにかかる時間もさることながら、何よりも史料の量自体が膨大なのである。東日本大震災以降、史料保全活動の必要性が増す中にあって、より多くの人々が積極的に史料ネット活動に関わっていく必要があることを改めて痛感した。

博士前期課程 鈴木 瑛子

 今回、東日本大震災で被災した水損資料の保全活動に参加した。作業内容は水損資料を水洗いして乾燥させるという流れであった。津波の被害を受けた資料は破損や汚損により脆くなっていた。そのため作業では慎重さが求められ、集中力を必要とした。早急な処置が必要でありながらも、膨大な数の資料を一点ずつクリーニングしていかねばならないという状況に際し、多くの時間と労力が必要だと感じた。また、保全活動を行っている事務局の方のお話をうかがった際、一度海水に浸かってしまった資料は保存の面では未知数のことが多く、継続的に観察をしていく必要がある、という言葉が印象に残った。資料を救出保全することはもちろん、その先の資料保存にまで目を向けることの重要性を学ぶことができた。今後も機会があれば参加したい。

博士後期課程 高島 良太
 私は、2011 年の8 月に1 度参加しており、2 回目の参加となった。今回の作業内容は文書の洗浄であったが、以前の参加でも同じ内容であったため、文書に対する応急処置があまり進んでいないのではないかと感じた。ただ、作業工程では水が浸透しやすいようにエタノールを使用するようになっているなど、作業が進歩していることを実感した。また、人材育成も進んでおり、本来は資料を専門に扱う人ではない方たちが、活動を通じて専門家のような作業をこなしているということには驚かされた。未だに多くの資料が処置されていなかったり、新たに被災資料が発見されるなど、今後も多くの活動が残されていると感じ、私も何らかの形でまた参加したいと思う。

学生による被災文書の処置(2014 年2 月3 日)

東京大学史料編纂所 遠藤 基郎
 史料レスキュー作業への参加は今回3 回目。3 年間で3 回であるからほぼ大して偉そうなことはまったく言えないが、間隔が開いている分、レスキューの体制や内容も随分変化があったように感じる。修復用の大型機械の導入や修復文書の保管箱、撮影用の何台もの三脚カメラ。私たちの作業も、応急よりはさらに長期の保存(劣化防止)のための史料の再洗浄であった。
 研究者として悩ましいのは、中身のない封筒やメモ書きの類である。おそらく通常のアーカイブにおいては適切に処分されるだろうものが、震災という異常事態において緊急的に救出・応急保存された結果である。通常ならば廃棄してしまうものではあるが、私たちはここで躊躇してしまう。それは私たちが、これらの封筒やメモ書きそのものだけに向き合っている訳ではないからである。いま、これらの「廃棄される筈だったものたち」に向き合っているのは、まさに震災の故である。その震災によって失われた人命や財産に直接出会うことはできない。失われた人命や財産を、この封筒やメモ書きの背後に感じるからこそ、私たちは躊躇してしまうのであろう。
 被災地の陸上に打ち上げられた大型船や津波によってボロボロになった建物は、どんどん撤去されていく。それらと比べ、記憶を喚起するには余りにささやかなものでしかないが、これらの「廃棄される筈だったものたち」を遺すことには積極的な意味がある。この当たり前のことを考え直す機会となった、今回のレスキューであった。

*追記
本号は、2014 年2 月3 日・4 日の両日にボランティアに参加された、中央大学白根靖大さんほかの皆様からの参加記です。原稿は2014 年3 月8 日にご寄稿いただいておりましたが、事務局の不手際で配信が遅れました。寄稿された皆様には、謹んでお詫び申し上げます。(佐藤大介・記)

218 号(2014 年4 月28 日)

        国立歴史民俗博物館 企画展示「歴史にみる震災」

 宮城資料ネット事務局の蝦名裕一です。
 平成26 年(2014)3月11 日から開催されている国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)企画展「歴史にみる震災」において、日本全国の歴史地震津波の展示とともに、宮城資料ネットが実施してきた東日本大震災における被災資料のレスキュー活動について紹介するビデオ映像と、実際に石巻市のレスキューされた司馬江漢の衝立が展示されています。
 企画展は、東北地方の歴史上の震災と近現代の震災というふたつの大きなテーマから構成されています。その中で、東日本大震災における資料保全活動として、被災地におけるレスキュー活動や、事務局における被災資料に対する応急処置、襖の下張り文書の保全、資料撮影作業といった活動について紹介するビデオが上演されています。また、実際にレスキューされた江戸時代の蘭学者・画家である司馬江漢画『江ノ島稚児淵眺望・金沢能見堂眺望図』衝立(仙台市博物館所蔵)が展示されています。メールニュース159 号参照併せて、東北大学災害科学国際研究所が取り組んでいる1611 年慶長奥州地震 津波や東日本大震災における研究のパネル展示、仙台市博物館所蔵の『記録抜書』が展示されています。
 また4月19 日におこなわれた第94 回歴博フォーラムでは、事務局蝦名が「東日本大震災からの歴史資料保存と歴史災害研究」と題して、東日本大震災における宮城資料ネットの活動や、慶長奥州地震津波の研究について報告しました。フォーラムには約200 名の参加があり、多くの人々が東北地方における資料保全の実践例に興味深く聞き入っていました。
 展示期間は5月6日(火)までとなっております。機会がありましたら、是非国立歴史博物館まで足をお運びいただければ幸いです
 
   

 第217 号(2014 年4 月1 日)

      宮城県丸森町での現地報告会 「宗吽院の史料は語る」

 事務局佐藤大介です。2014 年度がスタートしました。震災から三年が経過しましたが、被災歴史史料への対応は当面続いていきます。引き続きのご支援、よろしくお願いいたします。
 
 新年度最初のニュースは、3 月30 日に宮城県丸森町の舘矢間(たてやま)まちづくりセンターで開催された古文書調査報告会「宗吽院(そううん・いん)の史料は語る」の報告です。



 宗吽院は、聖武天皇の勅願に開山の起源をもつと伝わる、修験道の寺院です。戦国時代以降は、仙台藩主・伊達家と深い関わりを持ち、江戸時代には仙台藩領南部、現在の白石市および柴田郡全域を取りまとめる立場にありました。2012 年に宮城資料ネット事務局に調査依頼があり、2013 年度の東北大学日本史研究室の史料調査実習の一環として整理を進めることになりました。宮城資料ネットは、学生・大学院生らの調査と連携する形をとっています。
 
 会場では、宗吽院の江戸時代の境内図ほか、文書の一部を展示しました。講演では、佐藤から調査の経緯を説明し、講義での調査成果について報告を行いました。いずれも、2013 年度の講義における成果の一部として、学部学生と大学院生が行った文書の概説に基づいています。受講生20 名の一年間の学習の成果が、さっそく所蔵者と地域に還元されました。

 宗吽院文書が、今回のような形で公開されるのは初めてのことです。当日はあいにくの空模様となりましたが、80 名ほどの参加を得て、座席はほぼ満席となりました。地元でも古い歴史を持つと言い伝えられてきた宗吽院の史料が、市民の関心をひいたことがうかがえます。
 

 今回の活動は、なによりも東北大学の学生・大学院生の努力のたまものであることを、NPO事務局の立場を離れ、講義の担当者として明記させていただきたいと思います。なお当日はスタッフとして7名の学生が、展示の説明など会場の仕事にも従事しました。

 一方、史料の整理はまだ途中です。今年度の活動は、史料を「ふるさと丸森の歴史遺産」として「千年後」に伝えるための、長い道程の第一歩です。次年度からも、東北大学での講義などを通じて、保全活動は続いていきます。

 
 (以前の記録へ 216号 2013年度へ