宮城資料ネット活動記録
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矢本町B家11月〜04年4月 ■矢本町11月24日  ■南郷町11月8日  ■矢本町11月1日
鳴瀬町10月19日  ■鹿島台町9月27日  ■河南町8月31日 ■河南町8月23日  ■河南町8月10日 


矢本町追加調査(A家資料整理作業)   

・ 実施日:2003年11月24日
・ 参加者:14名


本活動では、11月1日に実施した矢本町被災状況調査 の追加調査として、江戸時代に矢本宿で旅籠屋を営んでいたAさん宅の資料整理作業をおこなった。
資料の内容は、軸物数十点と明治・大正期の手紙や古文書類約100点である。資料をA家からいったん矢本町公民館へ移し、2班に分かれて作業をおこなった。デジタルカメラで資料撮影し、目録を作成した上で中性紙封筒に封入した。作業終了後にA家に資料を返却した。

── 詳細については、ネットニュース18号(2003年11月25日発行)を参照


矢本町B家・ふすま下張り文書の整理作業   

・ 実施期間:2003年11月〜2004年4月(のべ47日)


本活動では、11月1日に実施した矢本町被災状況調査 の際に、矢本宿の旅籠屋で幕末に肝入を務めたBさん宅からお預かりしたふすまの下張り文書の整理作業を、約半年間にわたって実施した。
作業は
 @下張り文書解体前の現状撮影とナンバリング、
 A下張り文書の解体
 B和紙製ラベルを貼付して写真撮影および封筒詰め

という手順でおこなった。また、整理作業終了後、史料数点の翻刻もおこなった。
この作業は、七海雅人氏(学術振興会特別研究員、現・東北学院大学)が中心となり、東北大学の研究員・大学院生などが参加するかたちで進められた。また、一般の市民である今野則夫・雅子夫妻の献身的な参加があったことを特記しておきたい。


「○襖の下張り剥がし作業 今野 則夫
 職を離れて年金生活、「毎日が閑なのはなんと素晴らしい。」と時間を謳歌していた。 しかし、時が過ぎるにつれ「待てよ。まだまだ体が動く、なにか世間の足しになる事が出来るのでは。」と考え始めて来た。そんな折りに新聞で、河南町の斉藤家より大量の古文書が東北大学に寄贈され、大学はその整理に数年を掛けると言う記事を見た。大変な仕事の様だが、下働きが必要ではないかとピピッと感ずるものがあった。

 さっそく東北大学に赴き、飛び込みで平川教授に面談したら、教授は斉藤家はさておき差し当り現在、平成15年の県北地震により被害を受けた矢本町の長谷川家の損壊した襖について、下張りされている古文書を剥がす作業中だが人手が必要との話であった。

 作業に入り、驚いた。下張りは薄い紙が何枚も何枚も、引っ繰り返し・おっくし返し貼られていて、一枚一枚剥がすのは至難の業である。大変に根気のいる仕事で、どちらかというと気の短い私には、すぐに背中が梓くなる。それでも年の功でこつこつと約2ケ月掛かり、悪戦苦闘の未剥がし終えた。最初は手探り状態であった作業も、終盤近くには幾らかコツを掴んだような気がする.下張り古文書を解読する為の下準備の作業であり、解読整理作業全体からすればまだ緒に過ぎないが、でも剥がさなければ始まらない。流れの中の一端を担えた事に満足した。

 どんな作業でも成し遂げた時の満足感は、人に与えられた特権であり、生きがいともなる。一度だけの人生は終生挑戦であり、充実感によってのみ幸福と成り得ると思う。
 一日の作業を終え、近くの老人福祉施設で入浴し、もみもみチェアーで肩揉みして帰る爽快さよ!」(ネットニュース21号より)

── 詳細については、ネットニュース21号(2004年5月24日発行)を参照。



南郷町被災状況調査   

・ 実施日:2003年11月8日
・ 参加者:27名
・ 調査軒数:32軒
・ リストアップに用いた主な文献:『南郷町史』上・下巻(1980、1985年)、『宮城の文化財基本調査』(1991年)、『宮城県史編さんの歩み』(1989年)など。


本活動では、地区ごとに5班に分かれて訪問調査をおこなった。
調査によって、全壊5軒・半壊6軒・一部損壊3軒が確認された。契約講関係資料のほか、明治期の小作帳や大正期の地主関係資料を含む幕末〜大正期の古文書などが確認された。
ただ、本活動が実施された時期は、地震発生から3ヶ月以上が経過しており、訪問先において「もっと早く来てくれていれば・・・。」というような声を聞くこともあった。資料が消失・散逸してしまったことは残念なことではあったが、今後の活動における大きな教訓となった。

「残念としかいいようがないのですが、河南町の斉藤善右衛門家に次ぐ県内第二位の大地主のお宅の膨大な史料が、つい1か月前に焼却されていたことが判明しました。1か月前といえば、私たちが別の町で活動をしているときです。あとさきのことをいまさら悔やんでも仕方ありませんが、最大の教訓は複数の町で同時並行して調査やレスキューを進めることができていればということでしょう。なんとも痛い教訓となりました。」(ネットニュース17号より)

── 詳細については、ネットニュース17号(2003年11月13日発行)を参照。
 
 


矢本町被災状況調査   

・ 実施日:2003年11月1日
・ 参加者:23名
・ 調査軒数:45軒
・ リストアップに用いた主な文献:『矢本町史』第1〜3巻(1973〜1976年)、『宮城の文化財基本調査』(1991年)、『宮城県史編さんの歩み』(1989年)など。


本活動では、地区ごとに6班に分かれて訪問調査をおこなった。
調査によって、全壊3軒・半壊2軒・一部損壊22軒が確認された。幕末の御用留や旅日記、明治から昭和の証文類などの古文書のほか、御膳などの民具類などが確認された。
江戸時代に旅籠屋を営んでいたAさん宅においては、所蔵されている資料の整理が緊要であることが明らかになり、再度訪問して保全作業をおこなうことになった。
また、矢本宿の旅籠屋で幕末に肝入を務めたBさん宅では、ふすまの下張りを保管していた。そのうちの多くは下張りをはがした状態のままであったので、ご当主の依頼を受けて下張り文書をいったん預かり、整理をした上で返却することになった。

── 詳細については、ネットニュース16号(2003年11月3日発行)を参照
 


鳴瀬町被災状況調査   

・ 実施日:2003年10月19日
・ 参加者:16名
・ 調査軒数:42軒
・ リストアップに用いた主な文献:『鳴瀬町誌』(1985年)、『宮城県史編さんの歩み』(1989年)、『宮城の文化財基本調査』(1991年)など。


本活動では、地区ごとに5班に分かれて訪問調査をおこなった。
調査によって、全壊3軒・半壊4軒(うち1軒要注意指定)・一部損壊14軒が確認された。若宮丸関係の過去帳や衣類、野蒜再築港に関する資料のほか、明治期の貸金証文などが確認された。

── 詳細については、ネットニュース13号(2003年10月20日発行)を参照。




鹿島台町被災状況調査   

・ 実施日:2003年9月27日
・ 参加者:28名
・ 調査軒数:34軒
・ リストアップに用いた文献:『鹿島台町の文化財』第1集古民家編(1975年)、『鹿島台町の文化財』第6集(1994年)、『鹿島台町史』(1994年)、『宮城の文化財基本調査』(1991年)、『宮城県史編さんの歩み』(1989年)など。


本活動では、地区ごとに5班に分かれて訪問調査をおこなった。
鹿島台町は古くからの洪水頻発地帯のため、文書資料があまり残っていないという事前情報もあって、古民家リストなどを用いて由緒のある旧家などのリストアップをおこなった。
調査によって、全壊1軒・半壊2軒・危険指定家屋1軒・一部損壊約15軒が確認された。また、近世の旅日記や品井沼干拓に関する資料などが確認された。リストアップした古民家については、建て替えなどによってほとんどが現存していなかったが、数戸確認することができた。

── 詳細については、ネットニュース9号(2003年9月30日発行)を参照。
 


第3回河南町被災状況調査   

・ 実施日:2003年8月31日
・ 参加者:41名


本活動では、7つの班に分かれて、宝が峯縄文記念館における古文書・新聞・書籍などの搬出・整理作業のほか、縄文土器類の搬出作業などをおこなった。
各班の活動概要については、以下にまとめておく。

@表土蔵班は、前々回(8月10日)の作業 に引き続き、損壊の激しい表土蔵から大正期の新聞などを、隣接する展示資料館へと搬出した。
A展示資料館班は、表土蔵などから搬入された資料の概要を把握した。
Bお休み処班は、散乱した書籍などを段ボール箱に詰めて搬出した。
C小屋班は、段ボール箱50箱程度の古文書や書籍類を整理した。
D美術班は、軸物や絵画などの現状を確認した。
E土器班は、ショーケース内の土器を東北大学埋蔵文化財研究センターへ搬出した。
F外回り班は、矢本町で歴史資料を所蔵していると思われる旧家2軒を訪問し、歴史資料などの被災状況を確認した。

── 詳細については、ネットニュース7号(2003年9月1日発行)を参照
 
 
 


第2回河南町被災状況調査   

・ 実施日:2003年8月23日
・ 参加者:約30名

本活動では、2つの班に分かれて、@河南町立歴史民俗資料館立教堂(全壊指定)の資料保全活動とA河南町被災状況調査とをおこなった。

@では、同資料館から民具や農具などの展示品を運び出し、多賀城にある旧東北歴史資料館倉庫へ移送した。

Aでは、河南町内で歴史資料を所蔵していると思われる旧家など27軒を訪問し、歴史資料などの被災状況を確認した。これで 前回(8月10日)の調査 とあわせて50軒分の被災状況調査を実施することができた。

── 詳細については、ネットニュース5号(2003年8月24日発行)を参照




第1回河南町被災状況調査   

・ 実施日:2003年8月10日
・ 参加者:27名


本活動では、2つの班に分かれて、@宝が峯縄文記念館所蔵資料の保全活動とA河南町被災状況調査とをおこなった。
@では、同館の表土蔵から約100箱の文書箱や大正期の新聞などを、比較的被害の軽い展示資料館へ搬出した。また考古学の関係者らによって、同記念館展示室のショーケースに収納されていた縄文土器類の破損状況などが確認された。
Aでは、河南町内で歴史資料を所蔵していると思われる旧家など23軒を訪問し、歴史資料などの被災状況を確認した。

── 詳細については、ネットニュース3号(2003年8月11日発行)を参照。
 


2003年7月26日  宮城県北部地震発生   
 宮城県北部に震度6の連続地震
 重傷者51名 家屋の被害:全壊指定1,276棟、半壊3,809棟、
  一部損壊10,975棟